大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)3015号 判決 1960年11月18日

主文

原判決中、被告人小柳義春に関する部分を破棄する。

右被告人に関する本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

被告人湯浅幸雄の本件上告を棄却する。

理由

職権により調査すると、本件公訴事実によれば、被告人両名は日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)が本件貨物列車により石炭を輸送することを阻止するため共謀の上、多数の組合員を動員し被告人湯浅は列車の進路の前方に立ち塞がり組合の赤旗を振りつづけ、あたかも線路上に障害物が存在する如く仮装して貨車の運行を停止せしめ、更に動員に応じて集まった約三〇名の組合員等と共に機関車直前の線路上に立ち塞がり一時間余にわたり組合の赤旗を打ち振り且つ労働歌を高唱する等の方法により気勢を挙げ多衆の威力を示し、機関士等をしてその間貨車の運行を不能ならしめ、以って偽計を用い且つ威力を以って国鉄の石炭輸送業務を妨害したものであって、右の各所為は刑法二三三条、二三四条の業務妨害の包括一罪を構成するというのであるところ、第一審判決は、(一)被告人湯浅に対し、偽計による業務妨害の点については、同被告人が相被告人小柳の命により組合員等を動員し自から列車の進路前方において組合の赤旗を振りつづけ、機関士等をして列車の運行を停止せしめ国鉄の貨車運行の業務を妨害した事実を認めたが、右は刑法二三三条の偽計というには当らないものと解し、引きつづいて行われた威力による業務妨害の点についても、約三〇名の組合員等と共に貨車の進路前方の線路上にスクラムを組んで立ち塞がり労働歌を高唱する等の方法により多衆の威力を示し機関士等をして一時間余の間貨車を停止せしめ国鉄の貨車運行の業務を妨害した事実を認めながら、刑法二三四条の業務には国鉄の貨車運行業務の如き公務を含まないものと解して無罪を言い渡し、(二)被告人小柳に対しては、相被告人湯浅の右実行行為に対する共謀共同正犯としての共謀の事実はその証明がないとして無罪の言渡をしたこと、その判文に徴して明らかである。

そして右各無罪の言渡をした第一審判決に対し検察官から控訴の申立があり、原審は刑法二三三条、二三四条の業務中には公務も包含されるものと解すると共に、自からは何等事実の取調をすることなく、ただ訴訟記録及び第一審において取り調べた証拠のみにより被告人両名の共謀関係を認めるに十分であり、被告人湯浅が相被告人小柳の指示により組合の赤旗を振りつづけて貨車の運行を停止するのやむなきに至らしめた所為を以って組合員多衆の威力を示す手段として執られた措置とみるべきものであって、その一連の所為は逐次動員された約三〇名の組合員等と共謀の上スクラムを組んで立ち塞がる等の威力を用いてした業務妨害の所為中に包括せしめらるべきものであるとし、第一審判決を破棄し刑訴四〇〇条但書により直ちに判決をすることができるものと認め、被告人両名に対し、その共謀にかかる威力業務妨害罪を認定して各有罪の言渡をしたものであることもまた、本件記録に徴し明らかである。

思うに、事実を確定しないで無罪の言渡をした第一審判決を、控訴審が書面審理のみによって破棄し直ちに自から有罪の言渡をすることは刑訴四〇〇条但書の許さないところであるが(昭和三一年七月一八日大法廷判決、集一〇巻七号一一四七頁)、控訴裁判所たる原審は、前記の如く業務妨害罪にいう業務中には公務も包含されるものと解し、且つ、その認定した罪となるべき事実も、被告人湯浅が相被告人小柳の指示により組合の赤旗を振りつづけて貨車を停止せしめた所為に対する法律判断としてその所為に引きつづいて行われた威力業務妨害の着手行為と解し、これをその威力業務妨害の所為中に包括せしめるべきものとした外、これをも含めて第一審判決の確定した事実と具体的に同一性を有することは、その各判文上明らかである。すなわち、右の如く原審において第一審の無罪判決を破棄して有罪判決をしたことが第一審判決の法令の解釈適用の誤りを是正したにとどまるものである場合には、必ずしも控訴裁判所は事実の取調をすることを必要としないと解すべきであるから(昭和三二年三月一三日大法廷判決、集一一巻三号九九七頁参照)、原判決中、被告人湯浅に関する部分については、刑訴四〇〇条但書違反の事由はない。

右に反し、被告人小柳については、控訴裁判所が、公訴事実指摘の如き罪となるべき共謀の事実を確定しないで無罪の言渡をした第一審判決を書面審理のみによって破棄し自から有罪の言渡をすることは、刑訴四〇〇条但書の許さないところであるから(昭和三一年九月二六日大法廷判決、集一〇巻九号一三九一頁)、自から何等事実の取調をすることなくして無罪の第一審判決を破棄し前記の如く直ちに有罪の言渡をした原判決は違法であって、弁護人等の上告受理申立理由及び上告趣意に対する判断をまつまでもなく破棄を免れず、右共謀関係の点につき、なお事実の取調を行うため同被告人に関する本件を原審福岡高等裁判所に差し戻すのを相当とする。

弁護人清源敏孝の事件受理申立理由並びに弁護人岸星一及び同清源敏孝の上告趣意各第一点について。

所論中憲法三一条違反をいう点は、その内容は原判決のした刑法二三三条、二三四条の解釈適用の誤りを主張するに帰し、実質上においては憲法違反を理由とするものとは認められない。

ところで、原判決のした刑法二三三条、二三四条の解釈適用の誤りをいう点について考えてみると、国鉄は、公法上の法人(日本国有鉄道法二条)として職員を法令により公務に従事する者とみなし(同法三四条)、その労働関係も公共企業体等労働関係法によって規律する(同法二条)等、一般の私人または私法人が経営主体となっている民営鉄道(私鉄)とは異なる特殊の公法人事業体たる性格をもつものではあるが、その行う事業ないし業務を内容的にみれば、運輸を目的とする鉄道事業その他これに関連する事業ないし業務であって、国鉄はこれらの現業事業体に外ならないのであり、民営鉄道と何等異なるところはないのであるから、民営鉄道職員の現業業務は刑法二三三条、二三四条の業務妨害罪の対象となるが、国鉄職員の現業業務はたまたまそれが法令上公務とされているというだけの理由で業務妨害罪の対象とならないとする合理的理由はないものといわなければならない。けだし、法令上国鉄の事業ないし業務が公務とされその職員が右の如く政府職員に準ずる取扱を受けるものとされているのは、主としてその経営上の沿革的理由と高度の公共性とによるものであって、事業ないし業務が権力的ないし支配的作用を伴うことによるものであるからではなく、事業ないし業務遂行の実態は、まさに民営鉄道のそれと同様であるからである。すなわち、国鉄の行う事業ないし業務を刑法二三三条、二三四条の業務妨害罪の対象から除外することは相当でなく、国鉄職員の行う当該公務の執行に対する妨害は、その妨害の手段方法の如何によっては刑法九五条の外、同法二三三条または二三四条もまた適用あるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、国鉄の本件貨物列車は国鉄が古河鉱業株式会社の委託による石炭輸送の運行途上にあったものであり、その運行は公務員たる国鉄職員による職務の執行であると同時に公法人たる国鉄そのものの業務の遂行であるから、前記のとおり被告人湯浅が右貨車の運行業務に従事する国鉄機関士等に対し威力を用いてその運行を停止せしめ、更にその進行を不能ならしめて国鉄の貨車運行業務を妨害した所為に刑法二三四条、二三三条を適用してこれを威力業務妨害罪に問擬した原判決は正当であり、所論の如く法令の解釈適用を誤った違法は存しない。

なお、所論は、判例違反を主張するが、引用の昭和二六年七月一八日大法廷判決(集五巻八号一四九一頁)は、本来の公務、特に権力的作用を伴う警察官の職務執行につき威力業務妨害罪の成立を否定した判例であるから、事案の異なる本件には適切を欠き判例違反の主張としては不適法である。

右弁護人らの上告趣意第二点について。

所論は単なる法令違反及び事実誤認の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

以上の次第につき、被告人小柳義春については刑訴四一一条一号、四一三条本文により、被告人湯浅幸雄については同四一四条、三九六条により各主文のとおり判決する。

この判決は、被告人小柳義春に関する部分について裁判官池田克の反対意見があるほか、裁判官一致の意見によるものである。

裁判官池田克の反対意見は、次のとおりである。

被告人小柳につき公訴事実指摘の如き共謀関係がなかったものとし、起訴にかかる公訴事実を認めるに足りる証明がないとして同被告人に対し無罪の言渡をした第一審判決を破棄し訴訟記録及び第一審裁判所において取り調べた証拠のみにより直ちに判決することができるものと認め同被告人に対し有罪の言渡をした原判決には何ら違法のかどがないこと、昭和二七年(あ)第五八七七号同三一年九月二六日大法廷判決記載の反対意見のとおりであるから、被告人小柳の本件上告は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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